それでもきっと、今日、僕等は何かの弾みで歩いていく 9



満天の星は、全てを見つめ
夜風が気持ち良い

いつもの抜け道
いつもの階段
いつもの手摺を飛び越えれば
そこは、いつもの屋上

僕は手摺に身を乗り出し、ずぅ、と向こう側に見える光を見つめる。

キラキラ

綺麗な光。
眩しくて華やか。
誰もが憧れる、光。

けれど、僕には眩しすぎる。
人工の、作り物の、
眩しくて、目に痛い、光。

つぅ、と僕は目を逸らし、そしてそのまま後ろに倒れこむ。
上手い具合に受身を取り、そのまま倒れこみ、

『キャウ』

ぐにゃり、
そんな感触が手に伝わり、僕は慌てて足元を見る。

「ごめん!大丈夫だった?」
慌てて抱き上げれば、少し頬を膨らませた…その生き物はいた。

何と形容していいんだろうか?
綿菓子みたいにフワフワで、目が3つ、口がふたつ、
…僕も見た事がない生き物。
仕方がなしに、雲の様な煙の様な、
白と灰が交じり合ったその生き物を、
雲のく、を取って『くーちゃん』と呼ぶことにした。
…それが、3ヶ月前の話。

時折生き抜きに屋上に行けば、
同じ様に日向ぼっこをしたり夕焼けを見上げたり、
星空を眺めたりするくーちゃんがいた。
抱き心地が気持ちよくて、僕はくーちゃんを抱っこしながら、
良く空を眺めたりした。


ペチペチ

そんな回想に浸っていれば、軽く手を叩かれる音。
腕の中のくーちゃんは空を指す。

「うん、綺麗だね。綺麗な空」
ポスン、とその場に座り、くーちゃんを膝の上に僕は空を眺める。

満天の星空。
作り物の光とは違う、温かく、優しい光。
眺めていれば吸い込まれそうな感触に陥る。


全てを忘れられそうな気分になる。

母さんが死んだこと。
兄弟の言葉。
師匠の行動。
僕が、誰かを殺したこと。

色んな記憶は、全て星に吸い込まれ、
そうして、星になって四散する。
人の思い出の数だけ、星は煌く。
だから星はあんなに優しく、無限に輝くんだ。



……なんて。
なに思ってるんだろう。

詩人のような考えに一人僕は笑う。

ムニャ
腕の中のくーちゃんは小さく寝返り。
ご機嫌で眠ってしまったようだ。

僕は不意に、くーちゃんをぎゅう、と抱きしめる。

この星空を見れるのも、くーちゃんに会えるもの、
今日で最後なんだろう。


こんな時、写真家なら写真を取り、
絵描きは空を絵に描く、音楽家はそれを曲にし、そして僕は、


何もない僕は、
だから、
この目にしっかり焼き付けよう。
瞳に、焼き付けよう。


答えのない明日は、確実にやってくる。
見付からない道は、避けることは出来ない。

だから、
答えが欲しいとき、道しるべが欲しいとき、
僕はこの空を思い出そう。
満天の星を。
どこまでも、広がる星を。

だって、どんなものも、
心に響いた部分だけは、ずっと響き続けるから。



ああ。

今までの悩みは、苦しみは、
嘘の様に消えていた。

この場所を離れたらまた思い出してしまうんだろう。
苦しむんだろう。

けれど。

また、ここに帰ってくれば良い。
ここが、僕の故郷だから。
何処よりも素敵な、僕のふるさとだから。


眠りこけたくーちゃんを、そっと足元に置く。

僕は立ち上がり、空を見上げる。

そして、
しっかりと目に焼きつけ、
心に焼き付け、


静かに僕は、家路に着いた。



――― 9 ―――


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