それでもきっと、今日、僕等は何かの弾みで歩いていく



血の繋がりはないけれど、けれど僕らには、

「まさか…こんなに簡単に死ぬなんてな。母さん」
「そうね」
兄さんと姉さんの声がする。

僕は酷い、泣き腫らした顔だから中々彼らを迎えるのを渋って、
そして僕の顔を見た瞬間、姉さんは僕を抱きしめてくれて、
兄さんは冷えたタオルを僕に寄越してくれた。
こうすれば誰も見えなくて良い。
誰にも見られなくて良い。
瞼の上に乗ったタオルは、心地よく、心をも冷静にしてくれた。

「大丈夫?落ち着いた?」
末の弟が冷たい何かを僕の手に押し当てる。
「…うん。ありがとう」
タオルを取り、僕は弟に笑みを浮かべる。
そして手渡された水を飲んだ。
美味しかった。

「しかし、なぁ。母親を押し付けた形で…
結局こうなってしまったんだが。
クロウ、君はどうするんだね?」
長兄の、今はとても被虐種に見えない兄さんは僕を見た。

一番上の兄さんだけでない。
姉さんも兄さんも、少しずつ整形を繰り返し…今は被虐種の面影は…
殆ど感じられない。
末の弟だけは、まだ成長期という事で整形手術は負担が掛かるため、
深めの帽子を被って誤魔化している。

僕も、…僕は…

「クロウ?」
「あ、うん。…どうしようか…迷ってる」
本当に迷っている。
母の本当の想い、
師匠の言葉、
それぞれが、僕の中で葛藤している。

「クロウ…迷っているとは、その、」
一番上の兄さんが急に口ごもる。
男の人は肝心なときはダメねぇ、と姉さんが兄さんを押しのける。

「ねぇ、クロウ。…クロウさえ良ければ、姉さん達と一緒に暮らさない?」
「え……」
思ってもみなかった言葉に僕は固まる。

「そうそう。今日はそれを言おうと思ってたんだよ」
後ろから明るそうな兄さんの声。

そうだった。
兄さん達は、僕より早く…もう虐殺者達の…シティで暮らしていたんだった。
それも恐らく母さんの狙いだったんだろう。
兄さん達に、虐殺者としての生を先に経験させ、そして最後に僕を迎えに、

………

「ねぇ、姉さん」
「なぁにクロウ?」
優しそうに姉は微笑む。
昔、虐殺者にやられた傷は、もう頬には残っていなかった。
母さんにいつも泣きついていた姉の姿が蘇る。

おんなのこなのに、おんなのこなのに、こんなきずはいや、いや、いや

「姉さんは、」
綺麗な、姉さん。

「今、幸せ?」
「え?」
キョトン、とした顔。
不思議そうな、質問の意味を、理解していないような、

「……勿論よ。幸せ。でもね、」
姉は笑い、僕を抱きしめた。
「クロウも幸せなら、姉さん、もっと幸せよ」
ぎゅう、
柔らかい肌と、良い香り。

僕を、被虐者の汚い肌の僕を、そんな事も気にせず抱きしめてくれる。

「僕も、僕もクロウちゃんが幸せなのがいい!」
負けじと、弟も僕に抱きつく。
必死に。

きっと、僕の心に抱えるものは、姉さんも兄さん達も、弟も分らないだろう。
きっと。
一生。


でも、
僕には彼らがいて、良かった。
柔くて温かくて、


幸せだから。



――― 1 ―――


Top 小説Top Next
inserted by FC2 system