それでもきっと、今日、僕等は何かの弾みで歩いていく 8



分っていたけれど、やっぱり師匠は師匠だった
なんだ。
結局、そういう事だったんだ。

説得する気は無いと手の内を見せ、
けれど真実が分っても、
僕が何を選ぶが、
師匠は最初から分っていたんだ。

並べられた書類
何人かのシティの住人のデータ
この中の一枚を、どれでもいい、僕が選べば、
その住人データはただの紙切れじゃなく、僕の情報になる。

そして、その個々を見れば、共通点が幾つかある。
最終学歴は少なくとも上の中、前科歴はゼロ、…
出身にいたっては、資産家…なんてものも合った。

そういえば母さんは笑って言ってた。
今の政府は、もう駄目だ。
書類を見て、そしてざっくばらんに中間管理職を雇っている、と。

つまり、そういう事だ。
この書類さえあれば、それなりの、
政府のそれなりの場所に行くことができる。


師匠はそれを説明せずに、
ただこれを寄越しただけだったけど。
これだけで理解できないようじゃ、
本当、馬鹿にされるのもいいところだ。




あまりにも簡単に手に入ってしまった、
政府への切符に僕は戸惑いと不安と、
そして…小さなもやを感じる。

つい数週間前まで、
つい数日前まで、
自分の事で精一杯で、
一つの命の重みすら抱えられなくて、
そんな僕が、
……ここではないどこかで暮らす。


………そして、







……けれど、この…もやはなんだろう。
不安でも困惑でもない。
今更、この住民データの元の持ち主がどうとか、捏造したデータとか、
そんな事を気にしている訳ではない。

師匠は、不正にデータを改竄したり、
本来ならシティに入ることのできない程の、
死に掛けの被虐種を外からここへ連れて来たりもしている。
…だから、そういう…もやではなくて、



考えるのは好きだけれど、
不可解な自分自身の心を解くのは苦手だ。

そして、こんな時は何も考えずに寝るに限る!
…そんな能天気さも持ち合わせていない。
昨日の様に、疲れている訳でもないし。


…だから僕はこんな時は、
いつも、ふらりと外を歩く。

確かに、他の人から見れば汚くて最悪で、
人以下のゴミが住まう町だけれど、
だけれど、
ここは僕の生まれ育った場所で、

こんなに嫌な場所なのに、
僕には心地よかった。


そうして、銃を携え、
夜の街へ僕は身を躍らせる。





――― 8 ―――


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