終焉の日 19



ドクン、

心臓の、音がする。


ドクン、ドクン、

鼓動が、伝わる。



ドクン、




ドクン、



鼓動が、聞こえる




ドクン、





私の、






優しい風が、頬を撫でる。
柔らかく、暖かい風。

僅かに、寝返りをうとうとして、そして、ソレに気が付いた。

私の、頭を、優しく撫でる、大きな手。
優しく、暖かい、安心する手。


そうだ。
昔、風邪を引いた時、お父さんが、
こうやって、ずっと、そばに、いてくれたんだっけ。

あの頃は、


そうやって、薄ぼんやりと私は、目を開けた。
差し込む光が眩しく、逆光に僅かに目を細める。

そうして、
私は、手を撫でてくれていた持ち主を、
そうっと、見上げた。
陽光のせいで、顔が見えなくて、
私は無意識に、自分を撫でてくれていた手に、
自分の、手を重ねた。

瞬間。



「!!!!!」


ビクリ。



相手は、唐突に固まり……

「………え?」
私は僅かに不思議そうな顔をして、

そして、

ダダ………ダッ!!


……え、えええ!?


彼(恐らく)は、慌てきった様に、
そう、本当に慌てて、……
窓から、
……飛び出していった………







「…………」
まだ、夢を見ているんだろか。

私はそうやって、ぼんやりと考えて、
そして、不意に今の状況に、気が付く。



………あれ……私、何で…寝ていたんだろう。
だって、確か、化物と、戦って、そして、気を失って、
……で、ええと、私は寝ていて…?
じゃあ、夢…?
あれは……

それで、私は、どこに寝て………


…………


「ジュラハンのベッド!?」
私は思わず飛び起きる。



そして、




「っ…痛……う……」

全身が、ズキズキと悲鳴を上げる。
私は思わず顔を顰め、両手で身体を抱きしめた。
見れば、
服はいつの間にかノースリーブのワンピースに変わっていた。
何だか…スースーして…変な感じだ…。
そして、服からはみ出た手や足、そして、
多分服の中も…私は…包帯だらけだった。

「………」

あの、化物と戦ったことは…夢なんかじゃなかった。
後の事は…全く覚えていないけど…私が、
こうやってベッドに寝ているって事は…恐らくは、
そう、考察しかけ、


バタン


不意に、背後の扉が開く音がした。
思わず私は身構えようと振り向き、

「真名さん!!!」


え…?

ぎゅう、と誰かに抱きしめられ、私は硬直する。

「お…リーブ…さん…」
「良かった…もう、本当にボロボロで、目が覚めないカト…」
「………ごめん、なさい」

体中が、痛かった。
でも、それ以上に、彼女の、私への想いが、
体中に静かに、満たされていくのが…分かる。

嬉しかった。

「オリーブさん…真名さんに、何か暖かいもの」
「あ、そ、そうでシタね!真名さん、
少し舞っててくだサイね。今暖かいスープを持ってきますカラ」
「……あ、」
もう一度、ぎゅう、と抱きしめられ、
そしてオリーブさんが慌てたようにパタパタと部屋を後にした。

「……火傷の…痕が残るといけないから、
湿布の交換しておきますね」
先程の声の主、
人形の入れ物に人の心を持つメルヴィナが、
私のベッドの脇に座る。

「…メルヴィナさん…あの…私、
どうしてここに…それに化物も…あ、それと、
それとジュラは……ジュラハンは…?」
「落ち着いて、真名さん。
私は一つずつしか答えられないわ…」
困ったようにメルヴィナさんは笑い、
器用に私の包帯を取り替えてくれる。

「…すみません」
「いいんですよ。…それより、傷はしみません?」
「あ、大丈夫…です」
私は小さく頭を垂れる。

…それにしても、いつもだったらこんな怪我、
すぐ治っている筈なのに…


「真名さん、」
不意にメルヴィナさんはこちらを見、
そして言いにくそうに口篭る。
「……ジュラハンは、その、回復は、しました」
「みたいね」
それが証拠に、空になったベッドを占領しているのは私だ。

やっぱり、回復したんだ。
…良かった。
素直に私はそう思う。

「……どうしました?」
「いえ、その、案外…真名さんが普通ですから」
メルヴィナさんが奇妙なものでも見るようにこちらを見るので、
私は困ったように笑う。

「…確かにショックだけど…、
勝手に回復して、それでいなくなっちゃうだなんて。
…でも、良かったって気持ちが今は一杯で
…アハ…何あんなにいじけてたんだろう」
心からそう思って、私は笑う。
笑って、笑いすぎて、涙が出てきた。
後から、後から。

「本当に、自分勝手で、私が、
…こんなに……ほん…とに…ジュ、
………さ………お父……さん」
涙が、止まらない。
湧き出る泉のように、

乾いた心が、満ちていくように、
涙が、

涙が、



「良かっ…た・・・ほんと…うに……」

「……えぇ」

メルヴィナさんは、嗚咽をあげ、
泣きじゃくる私の背中を、いつもでも撫でてくれた。



「お待たせしマシ…ま、真名さん!?どうしたんデス!?」
お盆を抱え戻ってきたオリーブさんが仰天した声を上げる。

「大丈夫よオリーブ…ちょっと色々あって」
「色々ッテ…」
メルヴィナさんの慌てたような声に、
オリーブさんは戸惑ったような顔をする。

「…大丈夫、です。…ごめんなさい……」
私も嗚咽を飲み込み、何とか、笑顔を作った。

でも、オリーブさんとメルヴィナさんを見ていたら、
また、涙が零れて仕方がなかった。



やがて、その部屋からは、暖かいスープの香りと
楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


――― 19 ―――


Top 小説Top Next
inserted by FC2 system