終焉の日 2



自分には“個”はない。
生まれた時から、定められた兵器としての人生。
いや、個でないのなら人生もありはしない。

一時の平和が訪れた、この町で、
私は、やがて朽ち果てるのだろう。

兵器の要らない世界に、私はいらない。






「ごめんね?……大丈夫だった?」
「気にしないで下さい。
服が濡れただけなので乾かせば済む事です」

事務的な、返答。

水を掛けられた性で、
いつになくカッカしていた気持ちが治まったようだ。
その点に置いては、感謝すべきなのかもしれない。

「はい、とりあえず体温めて」
その男の手にはマグカップ。

好意を無碍にする程、冷淡な性格ではない…。
私は無言でマグカップを受け取る。

ふんわり、と甘い匂い。
こくん、と一口飲めば、
ココアの甘みと温かさが芯から暖めていってくれるようだ。

「……本当にごめん。着替えたら早いんだろうけど
…ちょっと生憎この時間、俺しかいなくてさ」
「気にしないで下さい」
抑揚のない返答。

少し小さな応接間を見渡せば、
シティ復興団体の大きなポスターと
簡易な日常器具。
私に水を掛けた男の勤め先らしく
(本人は主にボランティアを行っていると言ったが)
昼過ぎの時間帯は人が出払っている状態だった。


そして、目の前に座る青年―――糸目とアヒャ目の
―――が、私の視線に気がついたのか、
少しはにかむ様に笑った。

「えと、さ。…葛葉 レイ 真名サン…だよね?」
「……何故、知ってるの?」
瞳に、瞬時に殺気を宿す。
私の名を知ってるとしたら、政府の、

「嫌だなー、知らないの?」
そんな私にお構いなしにケラケラと笑う。
「何が」
「だからさ、」
そう言って手渡れた雑誌を見、私は固まる。
「………」
「あ、それね、手に入れるの苦労したんだよ。
 何せ反政府者のテロ酷かったからね。
 政府軍の雑誌見られたら。
 しかも自費出版みたいだったから部数少なかったし」
愉快そうに、笑う。
「私、……こんなの知らなかったわ」
「うん、その様子だと知らなかったみたいだね。
でもさ、結構良いでしょ?
あ、うん、勿論実物の方が…」

「知ってて、水を掛けたの?」
私は溜息を付き、何故か自分が表紙になっている
その雑誌を相手に押し付けた。
見出しに“戦乙女”だの“戦姫”だの書かれていて、
恥ずかしい以外の何者でのない代物。

……政府側の生き残りに問い詰めてやる…

湧き上がる怒りに僅かに顔を顰めた。

「いや、知ってて、と言うか」
「え?」
不意に掛かった声に、私は反応する。

相手は言い出しにくそうに、少し、苦笑いをしている。

「…怒らないから言って下さい」
「うん…だからね…」




「少し寄らせてもらうよぉ?……あれ?」
ギィ、とドアが開き、間延びした声が聞こえる。

「あっちゃ…こんなに早く…」
顔を顰める前方の彼。

「いやぁぁ、お客さん?どうしたの?
ネウエル君の彼女?」
ニコニコとした笑顔でとんでもない事を言ってくれる。

「いや、あのですね。
ちょっと俺のミスで彼女に迷惑掛けちゃって」
「そうかそうかぁ…、
ならゆっくりしていって、ずっといてもいいんだよぉ」
「え、いえ…あの、私は」
突然現れた闖入者に(いや、私が闖入者だろうか)
何やら、自分の第六感が(と言うかそれ以前に)
警告を発している。
「あ、あの乾きましたので、いえ、お暇させて頂きます」
「そんな事言わずに、もっとゆっくりし…」
「あ、俺、彼女送っていきますから」
察してくれたのか、いつもの事なのか、
慌てて私を玄関に誘導する。

「そっか、残念だなぁ…。また今度暇な時にでも」
「え、ええ…有難うございます」
私は会釈し、それでもしかし早足で、外に出たのだった。



「……ごめんね、少し、変わってる人でさ」
「ボランティア団体の、上司さん?」
「…そんな所」

「………」
「………」

一瞬、沈黙が訪れる。

「……私、そろそろ行きますので…」
それを破り、私は控えめに切り出す。
「あ、うん。そうだね、服も随分乾いたし」
「えぇ、有難うございました」
「いや…元々は俺の責任だし」

「……では、…ええとネウエルさん
…また縁がありましたら」
「あー……うん」
先程の上司さんとの会話で
自分の名前が出て来た事を思い出したのだろう。
すぐに納得した様な顔をする。


「そうだ…さっきの続きだけどね」
何故か、言いにくそうに、少し、固まる。
「ええと、…?」
「だから…うん、…あんな目、しない方がいいよ」
「え?」
「さっき、俺が水を掛ける前」
「…あの…?」
「人を、殺す前の目をしていた」
「……っ…!!」

……見透かされていた?
……見ず知らずの、只の、普通のAAに…?

「私は、兵器で、虐殺AAです…そんなのは当然」
「いや、違うんだ」
「何が、」
「殺したら、もう、戻ってこれなさそうな、
そんな眼をしていた」
「………」
「いや、責めている訳じゃなくて、ただ、心配で」
「心配される云われはありません」

無機質の、冷たい眼。
それ以上、心に進入を許さない表情に、
彼の、ネウエルの顔は強張る。

「失礼しました」
そう言うと、私は踵を返し歩き出す。

何に、怒り、焦っているのかも分からず。



私の心を読まれたから?
……違う、違う、
私はそんな事思っていない。
殺したいなんて、思っていない。
そんな事、…絶対……






荒れ狂う心は波紋を広げ、
そうして、やがて惨劇の幕開けと、なる。


――― 2 ―――


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