終焉の日 3



一度流れ出してしまった、黒い感情は、
どうやっても沈めることはできなかった。

醜い、どす黒い、嫌な、感情。

兵器が持っているはずのない、嫉妬、憤怒、……

平和が、私を狂わせる。

戦いの中で、何も考えず、ただ、殺戮を繰り返したあの頃。


戻りたい、戻りたい、

誰でもいい

こんな感情なんて……


いらない






剣呑な日々。
あれから数日。
何事もなく毎日は過ぎていった。

外にはなるべく出ない様に控え、時折、
(彼女たちのいない時に)
ジュラハンを見に行く。
死んでるとも、生きているとも、なんとも形容しがたい。
植物人間のように、懇々と、眠り続ける。
それで、いいのかもしれない。
私も、そうやって、変わらぬときの中、
こうして、ずっと、
同じ時を過ごしていればいいのかもしれない。
自然と、朽ちるまで。




コン、コン、

「……誰かしら…」
不意に、玄関がノックされ、
私は不思議そうにそちらを見やる。

見知ったものなら勝手口から入ってくるだろうし、
私は、用心深く、そぅ、とた尋ねる。

「……どちら様でしょうか?」
「…葛葉 レイ 真名殿…ですな?」
「………」
沈黙の肯定。
しかし、ドアは開けない。

「…ええと、違うのです。決して怪しいものでは、」
「用件は」
警戒を、解かない。
私の本名を知ってる辺り、怪しい。
かつての政府、いや、反政府の関係者だろうか……
「……では…手短に」
私が考察する中、男はモゴモゴ、と何か喋り出す。

「私、いえ、私どもは、とある研究団体でしてな、
ある、ものを捜していたのです。
それさえ加えられれば、研究は完成するのでして」
要領を得ない返答。
その手の勧誘ならお断りだ。
「あぁ、お待ち下さい」
扉の向こうの気配が分かったのだろうか、男の切羽詰った声。
「その材料、とは。貴女の、負の、感情。…如何ですかな?」
「負…の!?」

思わず、扉を開ける。
そこには、一人の、
目深にフードを被った髭の男が立っていたのだった。




「……協力者は、どなたでも良かったのですがな」
ズズッとコーヒーを飲み、男は説明する。

結局、好奇心、いや、彼の言う負の感情、
それの意味に、私は思わず男を招きいれた。
しかし……家の、中に入れるのには不安が残り、
こうして、近くの喫茶店に落ち着いたのだった。

「いえ、だからと言って誰でも良かった訳ではなくて、
ええとですね」
「……何故、私に負の感情があると?」
「ええと、それはですね、私の仲間である占い師の…」
「占い師!?」
思わず頓狂な声をあげる。
占いで人の感情、
(それも見ず知らずの他人)が分かるのだと言うのか?
「い、いいえ…僅かに、政府と縁のあったものでしてね、
 貴女様の兵器時の資料を見つけた訳です」
「…兵器時…」
「さよう。
……いや、アレはアレで中々杜撰で酷いモノでしたなぁ…。
戦闘時中の設定としては申し分ないのですが、
こういう事態に対応できる設定というものをしていなかったせいで
…あ、いえいえ、貴女様の悪口を言ってるわけではありませんので」
不明瞭な事をボソボソ呟き、蓄えた髭を撫ぜる。

「兎も角、かつての貴女を知っている者の助言により、
というのが正しい所でしょう。
 ……他に、何かご質問は?」
「……具体的に、私は何をすればいいの?」
「おぉ!協力して下さると!」
「えぇ…願ってもいないことだわ。負の感情を、
 そっくりそのままあげればいいんでしょ?」
「ふむふむ…流石飲み込みの早い。…そうと分かれば早速、
 負の、感情を取り出しましょう。
 なぁに、特に難しい事はありません、すぐに、終わります」
「…すぐに、……この場で?」
「えぇ、勿論です。……さぁ、この、球を見つめて下さい」

そう言い、男は懐から、何かを取り出す。
黒い、真っ黒い球体。
時折、プラズマの様なものが、僅かに走る。
これを見ているだけで良いのだろうか…?

「さぁ、ゆっくり、ゆっくり、…」

男の、穏やかな声、意識が、フッとまどろむ。
深く、深淵に、深く、落ちるように、


「さ、如何ですかな?」
「……え?」
ぼぉ、としていた脳が、その声にハッとなる。
「……あ、あの私…?」
「無事、負の感情を頂きましたよ」
「……本当に?」
「何か、気分に変化はありませんかな?」
「…そう、いえば、少し、心が軽くなったような…」
「それは良かった」
さも満足そうに、男は笑む。

外を見れば、いつの間にか夕暮れとなっている。
……全く、記憶がなかった…


「さて、では、私はそろそろ」
「あ、あの、待って下さい」
私は思わず呼び止める。

「何か?」
「その、ええと、お礼を」
「あぁ、気にしないで下さい」
優しく、男は答える。
「実験の結果こそ、私への報酬
 ……もし、貴女がそれでも気が済まないと言うなら…」
ニィ、と口元が笑う。
「この、今日あった事を、口外しないで頂けますかな?」
「えぇ…もちろん…でも、本当にそんなもので?」
「お気になさらず、寧ろ、礼を言うのはこちらですよ」
意味深な笑みを浮かべ、男は背を向ける。


そうして、私の日常に、僅かな変化が、訪れた。
もう、悩むことはない。
私は、ただの、一個の、兵器として、在れるのだから。


――― 3 ―――


Top 小説Top Next
inserted by FC2 system