終焉の日 5



あ。
そうだ。
彼女、暫く来れないんだった。

いつもより静かな朝。
フト、気が付く。

心が、無ければ、痛まない。

アレは、私じゃない。

あの化け物は、私じゃない。

私は、ここにいる。

知らない。

光るプラズマ。
政府の武器。

偶然だ。

知らない。
知らない
しらない、しらない、ちがう、わたしじゃない、わたしじゃ






「おい、姫さん?」

背後からの、気配の無い声に、身を強張らせた。

「……ドルヒさん……、と…ザウエルさん……」
見知った顔に、私は表情を幾分か柔らかくした。
「……その呼び方…もう、やめてくれませんか?」
「あぁ?いいじゃねーか別に。
 政府にいた頃はずっと呼ばれてただろ?」
「だからっ…!……その、政府はもう無いのですし…」

「…顔色が悪いね」
不意に小さく、ザウエルさんが呟く。
「……平気です…」
私はザウエルさんに向き直る。
「今日はどうしたのですか?この家に何か用でも?」
「用と言ったら一つだろ」
横からニヤニヤとしたドルヒさんの声。

「ジーベンの、見舞いだ」


「………ハァ」
2人分の、コーヒーを用意しならが私は溜息を付く。
何に対しての溜息か、いや、きっと何でもない。

それにしても。
キッチンから見える2階の、彼の部屋を見上げる。
今まで一回も見舞いに来なかった彼等が、
急に来るとはどうしたんだろうか?
……もしかして、ブァラーが、
………でも、何故?
……



「じゃぁな!」
バタン、と開いたドアに私は我に返る。
「…あ、あのコーヒーを入れましたけど…」
「お?サンキュ」
ダダダっと勢いよく階段を下りるドルヒさん。

「そう言えばあの坊やは?」
「バサラですか?…最近、姿を見ていませんが」
「兄妹だろ?淡白な返事だなおい」
「兄と言っても…ジュラハン繋がりと言うだけで、
 全然似ていませんし、
それに、余りお互い話す事もないですし」

そう、兄妹…、唯の血族上の関係。
血さえ繋がっていなければ、
会話を交わす仲になってすらいなかった。
気が合わない、という訳ではないが、
それでも進んで話そうとも思わなかった。

いや、ハッキリ言ってしまえば、
私は彼が嫌いなのかもしれない。
嫌いな人だらけだな、
と思うが…恐らくそうなのだろう。

何故なら、彼は、バサラは、私より確実に、
ジュラハンに愛されている。
私が前線で戦っていた時、バサラはジュラハンの知人の…
ファチェートさんの保護の下、
ぬくぬくと暮らしていたそうだ。
政府に関与されたくないから、大事な子供だから、
そう、ファチェートさんに懇願したと、
後から誰かに聞いた気がする。
それに引き換え……私は、
戦争の為に、
戦う為だけに、
故意に、政府によって作られた。
それも、ツギハギのキマイラの力と、
兵器としての力が入った、中途半端な体。
いっそ、ニヒトさんの様に完璧に生まれたかった。
何度そう思っただろう。
そう、憧れただろう。
私が、もっと、感情なくしていれば、
兵器として、完全なら、
何も思わず、彼に従順できた筈だ。
こんな、どす黒い感情も無かった筈だ。
……こんな、


「おい?姫さん?」
「え、あ、はい?」
思考は現実に引き戻され、私はやや頓狂な声を出した。
「深刻な顔して、やっぱりあの坊主が心配か?」
「え、…えぇ……」
適当に返事をしておけばいい。
どうせ、私がバサラを心配していようとしていまいと、
何も変わらない。

「それと、姫って呼ばれるのが嫌なのってさ、
政府の事を思い出すから?」
遠慮なくズバズバ言う男だ。
私は小さく息を吐く。
「……そうです、ね。
……私にとっては消してしまいたい過去です」

「…それでも、過去は消えない」
「え?」
ザウエルさんの声に、私は僅かに反応する。
「過去があるから今の己がある。失敗をしても、
 後悔し過ちを繰り返さないようにすればいい。
 苦しい、嫌な、自分の想いを消そうと心掛けるより、
 その想いを正面から受け止めなければいけない」
「お前……」
感心した様なドルヒさん
「……そんなに長く喋ったの聞いたの久しぶりかも…っ痛!」
無言の後頭部の攻撃に、小さく呻く。

「つかま、そういうことだ。
何かザウの言ってる事、
主旨からずれてる様な気もしないでもないが
…ま、別に気にするな!
俺が姫さんて呼びたいからそう呼ぶだけで」
…だから私は呼んでほしくないんですけど、
と、心の中で呟いた。
ここでまた堂々巡りになるのもしんどい。


「じゃあな!コーヒーご馳走様」
「美味しかったよ」
「えぇ、また今度」
玄関まで彼等を見送った後、パタンと扉を閉じ、
人の気配の消えた空間に私はしゃがみ込んだ。

シンとした空間。
ムズリ、と先ほどの暗い感情が、僅かに頭をもたげる。

人が、誰かがいる事が、少しでも救いの様に感じた。
嫌な感情を、少しでも忘れられた。
いっそ、こんな感情なんて消えてしまえばいいのに…

『苦しい、嫌な、自分の想いを消そうと心掛けるより、
 その想いを正面から受け止めなければいけない』

「あ…」
ザウエルさんの言葉が脳裏に響いた。
そうだ、姫と呼ばれるのが嫌とか、そんな他愛の無い会話の中に、
彼はそんな事を言ったのだ。
……関係ない、と思ったその言葉が、正に…今の私の……


「もしかして」
彼等は、ジュラハンの見舞いではなくて、
私に、会いに来た?
何故?
どうして、私の気持ちを知っているの…?
でも、それならザウエルさんの言葉も辻褄が合う。
…でも…


……考えても、答えは出てこない。
…彼等の行動の真相にも、自分の感情にも。
自分の感情を正面から見つめる。
言うは容易い。
しかし、それは所詮口だけだ。
見つめて、それで何が出来ると言うのだ。
暗い感情から逃げて、消そうとして、何が悪い。


どうしようもない感情。
どうにもならない世界。

私は、今、何をすべきなのか……?


灰色の空は、陰鬱に私を包みこもうとしていた


――― 5 ―――


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