それでもきっと、今日、僕等は何かの弾みで歩いていく 5



拳骨、再び拳骨
「師匠、僕は、」
僕が、言ってしまえば、師匠はどんな顔をするだろう。
また、母さんが死んだ後のように、呆れて、そして怒るだろうか。

言葉が、中々出ない。


「………クロウ、」
「あ、はい」
それより早く、師匠が僕の言葉を遮る。

「取りあえず、飯でも食おう」
「…そう、ですね」
既にどっかりと腰を落ち着けて、“待つ”の状態の師匠に、
僕は苦笑しながら冷蔵庫を開けた。


料理するといっても、
固形ブイヨンを水で溶いたのを温める位しかすることも無く、
堅パンにチーズ、塩味の効いたスープがテーブルの上に並べる。
「あ、あれも出してくれ。下の方にある、そうそれ、」
いつものメニューに、師匠はもう一品付け加える。
「…お、干し肉がこんなに…。どれ位切り分けますか?」
「全部食う。暫くここを離れるからな」
包丁で肉に切れ目を入れようとして、
その言葉に包丁が中途半端な位置に留まる。

「…離れるって…何故です?」
「何故って、シティに行くからだろ」
「シティに……師匠……もしかして、」
驚愕の表情の僕に疑問符を浮かべる師匠。

「……こ、ここで大麻とか売ってたのがバレて…ム所送りになるんですか…!?」
「何!?…お前には大麻の事を言ってなかった筈なのに…って、」

ゴツン

「阿呆。なんで俺がバレる様な下らん真似をする」
「し、師匠…剣の柄で殴りましたね…痛いです…」
「痛くなるように殴ったからだ」
ふんぞり返る師匠を小さく睨み、そして再び肉を切り分けようと包丁に手を掛け、
「…じゃないですよ!何でシティに行くんです!!茶化さないで下さい」
「……変な事を言ったのはお前だろ…」
呆れ顔の師匠に、あ、そうか、と呟けば、
拳骨の2発目が飛んできそうだったので慌てて謝っておく。

そうして手早く肉を切り分け、
師匠の機嫌をこれ以上損ねないために、自分もさっさと席に着いた。

「…で、堂々巡りしそうなんで言うが、
俺がシティに行くのは、クロウ、お前の住民手続きとか諸々をするからだ」
「…は?」
パンをもごもご噛み切りながら言う師匠に、僕はまた固まる。

「住民手続きって、あの、」
「さっき資料を見せただろ?やるなら早い事やったほうがいいからな。
住む所も、…その、まぁ信頼できる奴のアパートを借りてきた」
「………し、師匠……」
相変わらず、行動は早い。
こういう事は、…こういう事だけは凄く早いのだが……

「ん?何だ?」
「だからどうして!僕の事なのに僕抜きでそうやって話を進めるんですか!」
ドンと立ち上がれば僅かにスープが零れる。
「勿体無いだろ!」
「スープはどうでもいいんです!!」

ゴツン

「……落ち着け。食べ物を粗末にする奴は早死にだ」
「…すみません」
家訓のように聞かされてきた言葉と、再度繰り出された拳骨に、
取りあえず僕は席に着いた。




――― 5 ―――


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