終焉の日 13



わからないことだらけで

偶然か

必然かも

わからず


でも

そうして出会っていくんだ


そう

それは生れ落ちた卵

卵の中身はわからない

割れるときが来るまで


割れる瞬間はいつもで突然で


そう

その隙間から見た彼女は

まるで

魔法使いのようだった






気が付いたら、ポツポツ、と
重い泥を吐くように、私は、今までの事を話していた。
見ず知らずの、これから、
恐らく私の人生に関わりのない人だから…だろうか
いや、きっとそれだけではなかったが…
本当に、気が付いたら、
全部、胸の、内側の内側に溜まったものも
全て吐露してしまったようだ。

酷く、晴れ晴れした気分になった。

彼女は、黙って聞いていた。

じっと、私の言葉を聞いていた。

喋り終わるまで、茶々を入れる事も、
慰める事もなかった。
無言で、じっと、こちらを見ている、
目が、酷く深く綺麗に見えた。


「…辛かった?」

ややあって、彼女は、そう尋ねる。

「…えぇ」

私は、素直に頷く。

「でも…全部、私が悪かったんだ。
…全部。
……もう、本当に、どうにもならなくなっちゃったけど
…貴方に、聞いてもらえてよかった」
「どうして?」
「え?」
間髪入れず帰ってきた質問に、私はキョトンとする。


「だから、どうして、
“もうどうにもならなくなった”なんて思うの?」
「だ、だって…」
私のした事を考えれば、
「…確かに、それは辛くて苦しい事かもしれない。
…苦しくて苦しくて、本当に、道が見えないかもしれない
…でも、それは、きっと大した事じゃないのよ」
「…大した事じゃ……ない……?」
「そうそう!人生は長いんだからね、初めての挫折で、
そんなに思いつめる事はないのよ。
……それに、人って、きっと変わっていけるものだから。
強く」
「でも私は…人じゃなくて」
「兵器?…それはさっき聞いたわ。
確かに貴方は兵器だけど、でも、やっぱり人、人間よ」







「……」
「ここが、暖かく、鼓動、しているでしょ?」
そっと、彼女は私の胸を指差す。
思わず触れた心臓は、ドクドクと、
静かな鼓動を全身に伝える。
「無論、人であっても、兵器の様な心の人もいる…でも」
優しい、笑顔。
「辛い感情、苦しい気持ち、それは、
やっぱり人じゃなきゃ…出せない気持ち」
「……」
「だから、無理しなくて、もう大丈夫だから」
「…え…?」
「さっき、大した事ないって言ったけどね、
でも、今の貴方にとっては、
きっと今までの人生で一番苦しい事だと思う。
……だから、我慢しなくて、もう、誰かの前で、
大声で、泣いてもいいんだよ?」
「か、なしくなんか…」
「でも、ほら、私と貴方は知らない人同士だし。
…きっと、泣いたら、大声で、泣いて、吐き出せば、
楽になるから」
優しく、私の頭を彼女は撫でた。

あ、…やばい…
涙腺が、不意に緩みそうになる。

彼女の言葉は、きっとありきたりで、
本当に、唯の、優しい言葉だったと思う。
けど、その言葉をもって、彼女は、
まるで魔法の様に、私の、張り詰めていた、
そう、すっきりしながらも、
どこかしこりを残していた私の心を、
緩やかに溶かしていく。

…駄目、だ。いくら、知らない人でも、……

「真名ちゃん…大丈夫。辛かったね。
一人で…よく頑張ったね」
優しい腕は、私を暖かく包む。

ああ、だって、…ああ、
わかって、くれるん、だ……



私は、大声を上げて、泣いた。



そうして、お姫様に掛かった呪いは、
ゆっくりと解けていった。





雨は次第に遠のき、やがて、太陽の光が、
雲の隙間から光を見せた。


「雨と一緒に、嫌な気持ちも流れちゃったでしょ?」
「えぇ…でも、私は…これから、どうすれば」
「……困った時の、魔法の言葉…教えようか?」
「魔法の?」

そう聞くと、彼女はニコリと笑う。
「だからどうした!」
「だから…どうした?」
「嫌な事があっても、辛くてやめたくなっても、
こう、前を見て、だからどうしたっ!って叫ぶの。
…嘘みたいに、前向きになれるよ。
…きっと、自分が出来る事も見つかる…。
ね、一度言ってみて」
「だ、だから、どうした…」
「駄目駄目!恥ずかしがらずに」
「だから、どうした…」
「もっと大きな声で!」
「だから、どうした!」
「そうそう、」

「だからどうした!」

ジュラハンが私の事を見てくれなくたって
だからどうした!

ネウエルさんを、たくさん傷つけたからって
だからどうした!

あの黒い化け物が、自分のせいで現れたからって
だからどうした!

嫌いで、そんな、どろどろな自分が嫌いだからって
だからどうした!


「……っ…頭クラクラする…」
「叫びすぎよ、真名ちゃん。酸欠になってる」
クスクス、と小さい笑い声。

叫んで、気持ちは、
さっきまでの気持ちは嘘の様に消えてしまっていた。

そう、まだ、出来ることはある。
まずは、ネウエルさんに謝るんだ。
嫌われちゃってるだろうけど、でも、ごめんなさい、
って言葉は、きっと最後に聞いてくれると思う。
そしたら、ジュラハンが目を覚ますのを待つんだ。
いや、無理やり起こしたっていい。
馬鹿みたいに、死のうとした彼に言うんだ。
政府がなくなったからって、だからどうした!…って

そう一気に考え、私は、その自分の思いつきに、
我ながら信じられなかった

そう、本当に、


私はゆっくりと、彼女に向き直る。

「あの、すみませんでした…。
色々…それに、私酷い事…言って」
「そんなの気にしなくていいの。
真名ちゃんも一杯一杯だったんだし、…あ、後それとね」

あれ?

「あ、あの…」
「え?」
「私の名前…どうして知って、」
「どうしてって…自分から言ったわよ?」
「…あ、すみません。私…きっと混乱してて、」
「気にしない気にしない」
「……あの、よければ…名前、教えてもらえますか?」
明るく笑う彼女に、私はおずおず聞く。
「えぇ、もちろん。…私はユー…―――」

最後まで、聞き取れなかった。
不意に、視界が暗くなり、私は、天を、仰ぎ、

ドゴゥン!!

音と、衝撃と、痛みが、同時に伝わる。

「っア…………」

確かめる暇のなく私の体は何かに殴られ、
壁に背中を叩き付けられた。

「っく…な、……!?」

痛みを堪えて開いた瞳には、
あの、黒い化け物と、そして、その目の前に、
あの、彼女が、



そして、何かが、潰れる音を、聞いた。


――― 13 ―――


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