終焉の日 20



夜の道を、私は駆ける

だって、おかしかったから

誰もいない夜

皆がいない夜

私だけが一人ぼっちで

だから

私は走り出す

夜の時間を


真実を

確かめるために






安静に、

そうオリーブさんに念を押されたけど

私は、そっとベッドを抜け出す。

あの巫女服はボロボロで、ワンピース一枚。

それじゃ心もとなくて、
父をドレッサーにしまってあったジャージを一枚取り出し羽織った。

色違いとはいえ、何着も同じジャージに、
私は少し苦笑する。

何であんなにジャージばっか着るんだか。


兎も角。

私は夜の町に飛び出した。



静かな夜。

あの化け物は、消えたと、オリーブさんは言った。

それ以上は、何も言ってくれなかった。


…何かを、隠している。


…無理に、聞くのは解さなかった。

だから、自分で見に行けばいい。



そう思った途端、体はもう行動に移っていた。

丸一日寝て、治りが遅かった私の怪我も、
私の目覚めと共に既に大部分が癒えつつある。

…それでも、少し、今までと何か違った様に感じたけど。


でも、今はソレは後回し。

私は思い直し、あの化け物と戦った付近まで走る。

…何も、知りたいのは化け物の事だけじゃないから。

私に魔法の言葉を教えてくれた、あの人の、
あの人の安否も、気になっていた。

でも、オリーブさんはその事について触れなかったし、

何よりこのマッドタウンには、
卓越した不可思議な力を持つ人が多い。
誰かが気付き助けてもらったかもしれない。
それとも、

…この殺戮の町には、弱者は必要ないのか。


……そこまで考え、少し、小さく笑う。
何だか、ジュラハンの様な事を考えてしまった。
変な気分だ。
本当に。

…でも、悪い気分じゃない。


と、

「キャッ!?」
「おわっ!」
角を曲がり、出会い頭に誰かと衝突しかける。

「……ドル、ヒさ…」
「おぉ!姫さんじゃねーか」
一瞬驚いた顔はすぐニヤニヤと笑みに変わり、
よろめいた私を受け止めてくれた。

「こ、こんな時間に何を…」
「ん…ちょっとヤボ用でな…つか、
それはこっちのセリフだぜ?絶対安静って言われてたんだろ?」
「それは、その、そうだけど……」

何と言ったらいいだろう。
本当の所を言った所で家に連れもどされるに決まっている。
「あ、あの…」
それでも沈黙は余計怪しまれる。
私は顔を上げ、



ビュルルルル……!!

「…ッ!?…後ろ!!!」
私は思わず叫ぶ。

何かが、ドルヒさんに向かって真っ直ぐと迫っている。
「ッチ…ったくシツコイな…」
忌々しそうに、片腕の爪で一凪ぎすれば、
それはクタリ、と萎む。
何か…不可思議な物体を私は見つめるが
…それは見る見る消えるように無くなっていった。

「これ…は、」
「気にするな。ま、兎に角…安全とは言えないけどな、
分かったらさっさと家に、」
「私も加勢するわ」
ギュッと私は眼光を鋭くする。

状況は飲み込めないが、彼もまた、何かと戦っていた。

「いや…それは…有難迷惑ってやつだ。丁重にお断りするぜ」
しかし彼は、少し困ったように、
そしてハッキリと言い放つ。
「…どういう……」
「これは、あんたの戦いじゃない」
「っな……」

取り残されたような、不安げな、
そんな私の表情に困ったように彼は笑う。

「悪ぃ。俺はザウみたいに丁寧に説明できない性質でな。
……つまりは…ま、邪魔なんだ」

全然要領を得ない、
面倒になって投げやりに出されたような言葉に私は固まる。

「……んな顔するなって。お小言は後で聞いてやるから。
…それに、お前さんの今したい事は、それじゃねぇだろ?」

「……あ」
そう言われ思い出す。

そうだ。彼にも事情があれば、私も事情がある。
彼には彼の戦いがあり、
私も、ある意味、私の戦いに、終止符を打ちに行くのだ。
それを勝手な一時の感情で止めてはいけない。
それが、互いのため。


「ごめん、なさい。確かにそうだわ…。
じゃ、私は行くけど……ガンバってね」

「…………」
「……なによ…?」

いきなり固まるドルヒさんに私は困惑する。
……変な事は…言ってないはずだ。

「っ……」
「え?」
「……いや、…く、くく…ハハハ!!」
こらえきれず、彼は笑い出す。
「な、何よ!!」
「いやいや、悪い。だってな…お前さん全然、
なんつーかキャラ違うってか、可愛くなった、ってか…」
「……か、か……!?」
突拍子無い単語に私は思わず赤面する。

「い、いきなり何言って……」
「っと…こちとら時間なくてな。お喋りはココまでだ」
私の動揺しきった顔に対し、
不意にドルヒさんは鋭い眼差しになる。

「っつー訳だから、
この姫さんにはアンタも手を出すなよ?
……コイツには、コイツのやるべき事ってのがあるからな!」
勝手に、唐突に、高らかに彼は叫び、…そして走り出す。

ボソリ、と私の耳元で何かを呟いて。

「……え?」

慌てて振り返ったときには
…彼の小さな影と、脇を走る白い影、
…それから、私の脇を小さい何かがすり抜けていくのが
…見えた。


それきり、彼らの気配は…消えてしまう。

「何よ…勝手に喋って、勝手に行っちゃって…」
思わず不平を漏らし、だが、…

最後に耳に残った言葉が、不意に、
私を、小さく笑わせる。





『アンタも、ガンバレよ…真名』





「………何だ……ちゃんと、
私の名前…呼んでくれたじゃん……」
空っぽの心に、小さく何かが満たされたような気分になる。




「………」




……最後にもう一度、彼の消えていった方向を見送り、
再び私は走り出した。


私の、道を。


――― 20 ―――


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