終焉の日 22



愛されているとか、愛されていないとか、

そういう事ではなかった。


きっと人間らしく振舞う、

あの子が嫌いだった。


もしかしたら、今でも嫌いかもしれない。

それでも、私は


もっと彼の事を知っていきたいと思う。


今はまだ駄目でも、

嫌いで、嫌いでも、


いつか、その嫌いを、




大好きに変えたいから。






「……真名?」

「ッ!?」


唐突に、背後から掛かった頓狂な声に私は身構える。


「誰!?」
暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる影。
……丁度、その時雲隠れしていた月が姿を見せる。


紅い、肌。
体躯に見合わぬ、巨大な双頭の鎌。
そして、金に光る、目。


「…バサラ……」
自然と顔が強張っていく。

分ってる。
こんな顔をしちゃいけないって。
でも、顔は強張ったまま元に戻せない。


「……どうして此処に?」
「え?」
「お守りのファチェートさんは?
いつも一緒にいるお友達は?
…一人で無用心に出歩くなんて…何かあったの?」
「あ、えと、ええとね……」
困ったように頬をかきながらバサラは、
ええと、とか、うーんと…などゴニョゴニョ言葉に詰まる。


「もういいわ……私行くところがあるから」
そう言い放ち私は立ち上がる。

「あ、待って!」
「何?」
慌てたような声に私は一瞥した。

「あの……もう怪我、大丈夫なの?」
「出歩けるくらいには回復したわ。
見ての通り」
「そ、そっか……それで…その、
…もう寂しくない?辛くない?」
「……何の話?」
私は訝しげに眉を顰める。

バサラが、
私が苦しんでいた時の事を知っているとも思えないし、
彼がそんなに聡い人だとも思えない。
私は瞳に不信を浮かべる。



「あ、ちがうんだ!その……ごめん。
俺、説明とかうまく出来なくて…」
「いいわよ別に」
私は歩き出す。

「あ、待って!」
「何よ?」
今日は随分としつこい。
いつもなら私なんか見向きもせずに通り過ぎるくせに。



「……ええと、もう、ずっとずっと、元気だよね?」
「だからさっきから何同じ事を……」



あ、



そこまで言いかけて気が付く。

……そうか
きっと、ファチェートさんか誰かから、
私が怪我した事を聞いて……

……彼なりに、私の事、心配してくれてたんだ。




「真名……?」
「…………ごめん…」
「…え?」
「だ、だから!……ごめん、ね。
…心配とか、掛けて、その、」
「真名…」
「え、何……キャッ…」
急に、バサラが私に抱きついてくる。

「ち、ちょっと何急に……!………え……」

肩が、震えている。
…泣いている?


「……ごめん、な。
……ずっと、苦しんでたのに、……俺、
……真名の、…兄ちゃんなのに……ヒッ…ク」
嗚咽が、漏れる。


「バサラ……」
「…俺、ずっと、羨ましかった……。
ヒッ……真名は、いつも親父と一緒にいれた、から。
………俺、時々、……真名を……怨んだときも、
…あった」

何で、バサラがそんな事言うの?

「ッ……羨ましかったのは、
…羨ましかったのは…私の方よ!
……いつも、誰かが側にいて、
一人ぼっちじゃなくて、我侭も聞いてもらえて、
ずっと、ずっと…」

違う。
こんな事を言いたいんじゃない。
また、私の言葉で誰かを傷つけてしまう。
私は、いつも、
一番言わなきゃいけない言葉が足りない。


「あ、…私、…ごめん……、」
「……真名も、俺が羨ましいと思ってたの?」
私が悩んでいる間に、
気が付けばバサラはもう泣き止んでいる。

「真名?」
「……お、思ってた。だから…ごめ…」
「なーんだ!真名も同じだったんだ!」
「え?」
バサラは急にニコニコと笑い出す。
…喜怒哀楽がすさまじく早い。


…いや、そうじゃなくて。


「何で、笑ってるの?」
「え?だって、ほら、同じ事考えてたんでしょ?
だからだよ。
それに、2人で同じ事思ってたなら、おあいこだよね、
おあいこ!
だからもう気にしなくていいじゃん!」
「おあいこ……」

何て、楽天的な考えだろう。
楽天的というか、突拍子がない。
…普通そんな事は考え付かないだろう。


「俺…変な事言った?……やっぱ俺頭悪いかなー」
へへ、と頭をかくバサラ。



…そうじゃない。
……確かに、バサラは頭が回らなくて、
…馬鹿とか、阿呆とか言われるけど……

その人が、一番欲しい言葉を、必要な言葉を、
自然に出せれる人なんだ。


…私と、本当に全く正反対で。

………


「バサラ、大丈夫。…間違ってないよ。
私達、おあいこだね」
「おう!やっぱりおあいこだよな!」
ニィ、と口の端を上げバサラは笑みを浮かべる。


…少し、ジュラハンに、似ていた。


だから、…少しだけ、
…今、嫌いが減ったような…気がした。






「バサラ、
それよりもこんなに遅いとファチェートさんが心配するわよ?」
「お、そうだな!そろそろ戻らないと!」
そう言うが早いが、慌てたようにバサラは駆け出す。
後先考えないだけに行動が馬鹿に早い。
そういえば気が付かなかったが、
バサラの背が、少し伸びたように感じた。
……成長した?……まさか。

私はそんなバサラを見送り、
最後の目的地へと、歩き始める。





「あ、そうだ真名!!!」
「え、何よ今度は!?」

…と、一歩踏み出そうとした矢先、
振り返ればバサラがこちらに駆けてくる。


「あのさ、真名に、言っておこうと思って!!」
息を切らし、それでも嬉しそうに笑いかけるバサラ。
「何を?」
私も少しだけ、笑みを浮かべる。

「真名に、教えたい言葉があって、」
「私に?どんな?」
「とっておきの言葉だよ!ええと、
この言葉で友達が増えたり、
誰かに好きになって貰えたりするんだよ!!」
「…そんな都合のいい言葉なんて…」
「本当だって!だってこの言葉は、魔法の言葉だもん!」
「……魔法の言葉!?」
私は頓狂な声をあげる。



だって、どうして、バサラが…魔法の言葉という言葉を、
あの人と同じ様に、




「きっと真名の役に立つ、魔法の言葉を教えるよ」

驚きの目のまま立つ私に、
バサラは楽しそうに微笑んだ。


――― 22 ―――


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