終焉の日 6



陰鬱な日々だけが、行過ぎた。

ブァラーは、まだ怪我の治りが良くないのか、姿を見せない。
アデルさんは、数日出て行くといったきり、戻ってこない。
ジュラハンの事は私に任せて、
と穏やかに微笑んだメルヴィナさんは、
彼の部屋に篭ったきりだ。


……では、私は?私は……私の、いるべき場所は?



思えば、私の“幸せ”と言える時期は、
あの頃だったのかもしれない。

自分の力に誇りを持ち、憧れの人を見つめ、
何より、自分が正当化されていた。

戦う力しかない、私が、安心して身をおけた場所。

けれど、私は、どうすればいいの?
戦いのなくなった、今の世界で。
虐殺すればいい?
…違う。
それで、満たされる訳がない。
あの頃とは違うんだ。
分からない。

殺して、殺して笑っていた、あの頃の自分が、酷く懐かしい。
今は、ただ、うずくまり、時だけが過ぎ行くのを、望む。
切望に。






黒い化け物は、未だ街中を闊歩していているが、
まだ死者は出ていない。

万が一という事で、
外出の際の注意に(きっとジュラハンの具合も見に)
来てくれたスコルさんに私は頷く。

「けど…私なら心配要りません。仮にも…元兵器ですし」
「確かにそうですね。しかし、
一部の可虐AAも襲われたという情報も入っているし
…いえ、まぁどの方もブァラーさんよりは酷くありませんが」
「………」
言い直すように…そして出てきた“ブァラー”の一言に、
私は僅かに反応する。

「やはり、外を出歩くときはみんなかなり警戒していて
……ブァラーさんは気の毒にも最初の被害者…と……真名さん?」
「…え、い、いえ…」
訝しそうな彼の顔に私は慌てて返答した。

よもや、その黒い化け物と私が関係しているなんて
夢にも思っていないだろう。
果たして、ブァラーが酷い怪我を負ったのは
…最初の被害者だから…という理由だけだろうか?
そして…その黒い化け物が殺されたのなら、私は、
…もしかしたら、私もどうにか
……なってしまうのかもしれない…

ギュ、と唇を噛む。
痛みが、思考を止めさせ、気分が少し和らいだ。

「兎も角…黒い化け物が…民家や住宅を襲わないと言い切れないから
……准将…いえ…ジュラハンさんが動けない今は、
貴女がこの家を守らなくては」
「えぇ…」
小さく、それでも何とか答え、私は玄関まで彼を見送った。


再び、静まり返る、家。

胸が痛い。
数日前までなかった痛み。
けれど、私には、嫉妬や憎しみは、
僅かにしか残っていないように感じた。

多分、本当に、あの髭の男は…
件の、黒い化け物の、その胸にある黒いプラズマに、
私のドス黒い感情を閉じ込めているのだろう。
そうでなければ、やはり、
戦闘能力が高い筈のであるブァラーが
あれ程の怪我を負う筈はない。


嗚呼、堂々巡りだ。
ずっと、ずっと同じ事を考え、繰り返し思い悩んでいた。

人に、言えたものではなかった。
かつての、戦姫と呼ばれた私が、
そんな、黒い感情を…醜くも曝け出していたなんて、
誰に言えよう。


……言える、訳がない。


嗚呼、本当に、苦しい、苦しい、


うずくまり、ただ、幾時間もじっと顔を伏せていた。
もう何日も前からろくに食べていない。
…いや、もう食べなくたっていい。
いっそ、息が止まってしまえばいい。
このまま、ずっと、ずっと私が固まってしまえばいい。


本当に、どうしたって、こんな世界で、私は前に進めない。

…嫌だ、違う…そんな事はない、私は、そんなに弱くなんかない。

もう、逃げればいい狂って、殺しまくればいい。

違う違うんだ…壊れることは、逃げだ…私は、私は……



コン、コンコン……




不意に

遠慮がちに、玄関のドアが叩かれ、私は思わず息を呑む。
まさか……
いや、落ち着け…
化け物が丁寧にドアを叩くものか…

けど、油断は出来ない。

スゥ、と、獣のソレの如く目を細める。
左手に力を込めた。


コン…コン…



「どなた、です?」
「あー!良かった!誰もいないと思っちゃいましたよー!
真名さん」

「……え?」
その扉の向こうの安堵しきった声に私はキョトンとなる。


「…も、しかして…」


聞き覚えのある、懐かしい声に私は確信する。

そして、僅かに口元に笑みを浮かべ、勢い良く、
私はドアを開けた。


――― 6 ―――


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